【一橋大学 宮本教授】デジタル革命が拓く未来経済|技術進化が経済政策、労働市場、国内総生産、経済理論に及ぼす影響

【一橋大学 宮本教授】デジタル革命が拓く未来経済|技術進化が経済政策、労働市場、国内総生産、経済理論に及ぼす影響

取材にご協力頂いた方

一橋大学 経済研究所
宮本弘暁 教授

一橋大学 宮本教授

略歴
(※肩書・役職はインタビュー当時のもの)


1977年生まれ
慶應義塾大学経済学部卒業
米国ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士号取得
国際大学学長特別補佐・教授
東京大学公共政策大学院特任准教授
国際通貨基金(IMF)エコノミスト
東京都立大学経済経営学部教授
一橋大学経済研究所 教授

デジタルトランスフォーメーションが経済政策に与える影響

デジタルトランスフォーメーションが経済政策に与える影響

デジタルトランスフォーメーションが経済政策に与える影響について、宮本教授はどのようにお考えですか? 特に、政府の経済政策策定におけるIT技術の役割について教えてください。
インタビュアー
インタビュアー

「宮本教授による解説」

DXの進展は経済効率を高め、経済の生産性向上につながり得ます。
つまり、DXは成長戦略の重要な柱のひとつであると言えます。

日本経済は長年、低物価、低賃金、低成長の「日本病」に苦しんできましたが、2022年春から物価が上昇、23年の春闘では約30年ぶりの高い賃上げが実現され、本年はそれを上回る賃上げも期待されています。

また、日経平均がバブル経済崩壊前の最高値を更新し、4万円台に上昇するなど、経済の潮目が変わってきました。

その一方で、2023年の名目GDPがドイツに抜かれ世界4位に後退しました。また、日本の一人当たりの名目GDPの世界ランキングは、2000年代以降急速に低下し、22年には32位まで落ち込んでおり、長期的な日本経済の凋落は大きな問題です。

今、真に求められていることは、日本経済の凋落傾向を反転させ、再び成長軌道に乗せること。つまり、成長戦略が極めて重要です。

また、成長戦略を考える際には、日本経済を取り巻く大きな変化、メガトレンドの変化にも対応するようにしなくてはいけません。具体的には、人口構造の変化、テクノロジーの進歩、グリーン化に対応できる経済・社会を構築することが必要です。

そして、その際にDXは大きな枠割を果たすと考えられます。DXとは、デジタル技術で社会を便利にし、経済を活性化させるものです。DXは時間・空間的制約を緩和して新しい需要を創出するのに役立ちます。

人口減少地域や人手不足分野での自動化や効率化にも資するものであり、データドリブンでの新しい価値創出につながります。日本の生産性向上や国際競争力の強化には、DXが欠かせません。

DX浸透のためには、デジタル産業基盤、デジタルライフライン、そしてデジタル人材が重要です。
しかしながら、IMDの「世界デジタル競争力ランキング(2023年版)」では、日本の総合順位は64の国・地域中で32位と過去最低を更新しています。

また、人材を測定する指標のひとつである「デジタル/技術スキル」は63位と最下位レベルであり、デジタル人材の量・質の両方での強化が必要と考えます。

IT技術の進化が公共経済にもたらす影響

T技術の進化が公共経済にもたらす影響

IT技術の進化が公共経済にもたらす変化について、どのように見ていますか?
インタビュアー
インタビュアー

「宮本教授による解説」

IT技術の進化は公共経済に対して多岐にわたる影響を及ぼします。

例えば、IT技術による自動化やデジタル化は、公共サービスの提供における効率を向上させます。オンラインでの申請や支払いシステムは、従来の紙ベースの手続きに比べて迅速かつ低コストで行うことが可能です。

海外ではIT技術の活用が進んでいます。インドでは補助金や社会福祉給付金が、統一された生体認証IDシステムと連結した個人の銀行口座に振り込まれます。

アメリカではコロナ禍で失業者が急増、それに伴い失業保険の申請が急増し、従来のシステムでは処理しきれなくなりました。ある州ではクラウドを利用することで新しいシステムを構築、処理できる申請数が大幅に増加しました。

また、IT技術は、遠隔地にいる人々に教育や健康サービスなどの公共サービスを提供することを可能にし、サービスの質向上も期待できます。

IT技術の進化やデジタル化は経済成長を促進することが期待されますが、日本におけるテクノロジーの普及にはばらつきがみられます。

日本は主要なエレクトロニクス産業の拠点であるにも関わらず、いまだにITのレガシーシステムに依存している企業、政府、金融セクターなどにおけるデジタル化の導入が他の先進国に比べて遅れをとっています。

例えば、新型コロナウイルスによるパンデミックの際、紙ベースの行政手続きにより、政府は感染拡大に対して迅速な対応を取ることができず、消費者を支えるための給付金の支給に遅延が生じました。
また、キャッシュレス決済や電子商取引の導入も遅れています。

IT技術の進化に伴い、サイバーセキュリティの重要性も増しています。サイバー攻撃から情報を守るために、高度のセキュリティ対策を講じる必要があります。

また、個人データの収集と分析は、公共サービスの効率性や質向上に資するものですが、同時にプライバシー保護も重要となります。

デジタル化・生成AIなどの技術進歩が労働市場に与える影響

デジタル化・生成AIなどの技術進歩が労働市場に与える影響

労働市場におけるデジタル化の進展が、労働経済学の研究にどのような新たな課題や機会を提供していると思いますか?
インタビュアー
インタビュアー

「宮本教授による解説」

ここではデジタル化だけではなく、生成AIなど広く技術進歩が労働市場に与える影響について考えてみます。

技術進歩が雇用や賃金にどのような影響を与えるかは古くから議論されて来ました。この問題の起源は、1810年代の「ラッダイト運動」にまで遡ります。

これは、産業革命による機械化が人々の職を奪うという懸念から生じたものであり、1930年代には、経済学者ジョン・メイナード・ケインズが新技術の普及が「技術的失業」を増加させると警鐘を鳴らしました。

以後も、技術進歩は目覚ましく、人々の働き方に大きな変化をもたらしてきました。例えば、1970年代以降、銀行の窓口業務がATMに取って代わられ、空港のチェックイン業務が自動化されるなど、機械が人の作業を代替してきました。

技術進歩は雇用に対して二つの相対する効果をもたらすと考えられています。
ひとつ目は「創造的破壊効果」と呼ばれるもので、新技術の導入により旧技術を用いる企業が衰退し、それに従事する労働者が失業することが示されます。

もうひとつは、「資本化効果」と呼ばれ、新技術が企業の生産性を向上させ、労働需要を増加させることにより、失業率を減少させると示されます。

技術進歩が雇用を増やし、失業を減少させるか否かは、これら二つの効果の相対的な大きさに依存します。過去を振り返ると、新技術は人々から特定の職を奪ってきたものの、経済全体として技術進歩が失業を増加されるという証拠は乏しいと言えます。

しかし、近年の自動化技術、特にロボットの進化は、これまでと異なる影響を及ぼす可能性が指摘されています。自動化が新たなタスクを生み出すという見解が存在する一方で、ロボット革命が2025年までに8500万の職を置換するとの警告(世界経済フォーラム)もあります。

さらに、生成AIは職や労働市場に新たな影響を与える可能性があり、その影響に関する研究が相次いで行われています。

AIは発展途上の技術であるため、それが労働市場や経済に与える影響には大きな不確実性があるものの、最新の研究によると、AIの導入は広範な職種にわたって影響を及ぼし、特に高学歴、高収入の職業に影響を与えやすいことが示されています。

IMFが2024年1月に発表した研究結果によると、先進国における雇用の約60%がAIの影響を受ける可能性があり、AIに晒される雇用のうち、約半数はAIにより生産性が向上し、その恩恵を享受するとみられています。

しかし、残りの半数については、AIアプリケーションが人間の行っている主要な業務を担うことになり、それによって労働需要が減少し、賃金の低下や雇用削減が生じる恐れがあるとされています。

極端な場合、これらの雇用が消滅する可能性もあり。生成AIが格差を拡大させる恐れもあることが指摘されています。

IT産業の成長が国内総生産(GDP)に与える影響

IT産業の成長が国内総生産(GDP)に与える影響

マクロ経済学の観点から、IT産業の成長が国内総生産(GDP)に与える影響についてどのように分析しますか?
インタビュアー
インタビュアー

「宮本教授による解説」

IT産業の成長、より広くデジタル技術の進歩は経済に様々な可能性をもたらし、GDPを押し上げます。デジタル技術は企業の生産性を高めるとともに、新たな財やサービスを生み出し、消費や投資増加につながります。

また、新しい雇用機会の創出にもつながり得ます。
ICT部門は経済成長のけん引役のひとつとされており、欧州ではICT部門の付加価値額の伸びは経済全体の付加価値額の伸びを上回っています。

主な産業のGDPを比較すると、日本では情報通信産業の名目GDPは52.7兆円(2021年)であり、これは不動産・商業についで高く、全産業の約1割を占めます。

AI・機械学習の発展が経済理論及び経済モデリングに与える影響

AI・機械学習の発展が経済理論及び経済モデリングに与える影響

AIや機械学習の発展が経済理論や経済モデリングにどのような影響を与えると考えますか?
インタビュアー
インタビュアー

「宮本教授による解説」

AIと機械学習の発展は、経済理論や経済モデリング、より一般的に経済学の研究に影響を与えうると考えられます。

AIは、データ分析、コーディング、数式計算、研究アイディアの発想やバックグランド分析(先行研究の調査)、さらには論文執筆の支援に役立つと考えらます。

最新の技術を活用することで、研究の生産性が向上することが期待できます。

経済学とAI技術の融合により、経済変数間の関係を特定したり、より正確な経済モデルの開発、データから自動的に学習する方法の開発など多岐にわたる可能性もあります。
実際に、IMFの調査研究で深層強化学習を用いたAIマクロ経済モデルを構築しているものもあります。

もっとも、AIや機械学習の能力を使用する際には慎重な姿勢も求められます。
AIは内容が正しくないことをあたかも信頼できるかのように見える反応を示すことがあるため、研究者はAIが生成する内容を利用する際には、批判的な判断を行う能力も求められます。
(これは研究者だけでなく、一般的にAIを使用する人にも当てはまる話です)

ただし、AIや機械学習の能力の向上は目覚ましいものがあります。AIはコンテンツ生成において比較優位性を持つようになる可能性が高いと考えられます。

経済学者はコンテンツの評価、研究プロジェクトの組織などにおいて比較優位を持つと考えられます。

人間とAIがそれぞれ得意とする領域で貢献することにより、協働が可能であると考えます。

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