中央大学 理工学部
生田目 教授
略歴
1994年 東京理科大学工学部第一部経営工学科 卒業
1996年 東京理科大学工学研究科経営工学専攻修士課程 修了
1999年 東京理科大学工学研究科経営工学専攻博士後期課程 修了、博士(工学)
1999年 東京理科大学工学部第一部経営工学科 助手
2002年 専修大学商学部商業学科 専任講師
2013年 中央大学理工学部経営システム工学科(現・ビジネスデータサイエンス学科) 教授
(現在に至る)
ビジネスデータサイエンスの進化とビジネスへの影響
「生田目教授による解説」
ビッグデータ・データサイエンスという言葉が急速に浸透したのはわずか10年の間です。
しかし、ビジネスにデータを活用しようという考え方は遥か昔からありました。
コンピュータが企業に導入されるようになった1960年代以降、次第にデータが電子的に保存されるようになり、その活用もされはじめてきました。
ただ、初期のコンピュータは決して使いやすいものではなく、一部の業務で用いられていただけでした。
そのため、今のようにあらゆるデータが存在する状況ではなく、データ分析環境も整っていなかったため、現在のようにだれもがデータを扱える状況ではありませんでした。
ビジネスプラクティスに関するデータ活用のティッピングポイントはいくつか考えられます。
小売店を例にしますと、1980年代から普及が進んだPOSシステム(商品についているバーコードを読み取るレジなどから構成される販売管理システム)によって詳細な販売データが自動収集できるようになり、データ活用が一気に進みました。
データに合わせてその活用方法を考える必要が出てきたわけです。そうすると、どのようにデータを料理(分析)するかといった議論も進んできます。
また、インターネットの普及と安価で高性能な計算機環境が実現されたことで、データサイエンスが一気に民主化したと言えます。
人工知能に関する研究などは典型ですが、計算機が向上することによって実現できるようになることが増え、世界中で研究が進んで新たな分析手法が出てきました。
そうした分析から得られる結果を使って色々と新しいことをしようとなるわけです。
このように半分は戦略的に、半分は生物進化のごとく環境適応するためにビジネスにおけるデータ活用が進んできたといえます。
その流れは止められず、今やDXにもつながるデータを軸とした判断があらゆるビジネス場面で求められるようになりました。
機械学習やAIの進歩がビジネスに与える新たな可能性
「生田目教授による解説」
機械学習はビッグデータ分析の根幹となる分析技術体系です。
また、少し前では画像認識や口コミデータの解析といった分野で人工知能の中心的な手法であるディープラーニングが、急速な進化を遂げ、他の様々な分野で利用されるようになりました。
昨年から世間をにぎわせているChatGPTのベースとなったtransformerもディープラーニングによってつくられています。
そのほかの生成AIもビジネスを大きく変える原動力になっています。
単に文章を生成するだけではなく、膨大なテキストデータを瞬時に要約したり、適切な質疑応答を自動化することができるなど、様々なビジネスの効率化や自動化が進んでいます。
まだ、万能ではないものの、定型的な質疑応答のチャットボットは普及が進みつつある分野です。
また、今はまだ端緒につき始めたばかりかもしれませんが、本格的なビジネス利用を目指したシステム開発のためのプログラミングなどにおいても今後こうした生成AIが伸びてくることは容易に予想できます。
機械学習もビッグデータから思いもよらない因果関係を抽出することができたり、大量データを高速に分析できるなど、DX推進の重要な役割を担っています。
このように、業務の自動化や意思決定のための重要情報提供などに機械学習や人工知能は利用されており、その範囲は広がり続けています。
他にも、レコメンドや与信管理といった個別対応が求められる分野においてもその精緻化が進んでいます。
企業がデータ駆動型の意思決定を導入する際の課題と克服への戦略
「生田目教授による解説」
データ駆動型経営の推進の障壁となっている課題にはいくつかの面があると思います。
まず、組織的課題としては、データ駆動型経営と錦の御旗を掲げつつも、リソース(資金・人材)が割けない、実際に本格的な投資に踏み切れない、といった企業も多いと想定されます。
これらの理由としては費用対効果がわからないもしくは不確実である、既存ビジネスが成功している場合はイノベーションのジレンマに陥ってしまう、または既存ビジネスで手一杯である,といったことが挙げられます。
新しい取り組みにはリソース(人・資金・時間)がかかるため、多くの企業で意思決定に慎重になっていると考えられます。
ですので、企業のトップがデータ駆動型意思決定は経営上の必須項目と位置付けて、意志を持って必要な投資を行い、適切なプロセス管理をすることが重要です。
データ活用に期待が高いことは良いのですが、データがあるからといってそれらがすぐに高度な分析に使えるわけではありません。
一般には大変な労力を費やして分析できる形に前処理をしたり丁寧にデータ見ることが必要です。
蓄積されているデータは分析するために取得されたものではなく、それぞれの業務遂行を目的としたデータであるからです。
今後導入するシステムにおいては、データ駆動型経営を念頭に置いた設計をすることで、省力化を図ることも期待できます。
社会全体の課題としては、データサイエンティストをはじめとするデータ分析を推進できる人材の不足です。
現在多くの大学でデータサイエンスに関する学部や学科が設立されているばかりではなく、全学的としてデータサイエンス教育プログラムを実施しつつあります。
文部科学省では「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル・応用基礎レベル)」の認定を行うようになり、多くの大学でこの認定を受けています。
もちろんこの認定プログラムを修了したからといってすぐにデータサイエンティストとして独り立ちできるわけではないですが、今までにはないペースでデータを見る(診る)ことができる・活用できる人材が世の中に輩出されていきます。
これからはデータサイエンスが必須リテラシーの一つになっていくと考えます。
もちろん分析者や現場だけでデータ活用するものではなく、会社トップもデータ分析結果を解釈して意思決定に結びつけるための知識獲得も不可欠です。
現代のビジネスリーダーやデータサイエンティストに必要なスキルセットと学生へ教育方法
「生田目教授による解説」
リーダーとデータサイエンティストでは視点は異なると思いますので、それぞれについて述べます。
ビジネスリーダーがデータ駆動型経営を行いその重要性を理解するためには、企業の目的とそのためにどのような課題を抱えていてその解決のためにどのようなデータが利用できるか、またデータからどのような分析結果を期待するのかといったことを俯瞰的に理解することが求められます。
自身が分析をするのではなくとも、分析結果を適切に評価し適切な判断できるだけのドメイン知識と数理的素養を持っておく必要があります。
データを分析した結果が期待通りではないことも往々にしてありますが、その場合はその結果から次どうすればよいのかを見つけ出す勘所を養うことも重要です。
世の中のニュースで熱く語られているから高度な分析をしようとかそれをしないと遅れるといった、分析そのものが目的になることは本末転倒です。
トップは何を目的にデータ活用をするのかといったことをしっかり定義づける点に留意しなければなりません。
データサイエンティストにおいては実際のデータを的確に分析していく知識と技術が求められます。
データサイエンティスト協会では3つの知識領域(ビジネス力・データサイエンス力・データエンジニアリング力)を掲げスキルセットを公開していますので、参考になるかと思います。
もちろん、常に自分自身がデータ分析を実行する立場というわけではない場合もあるかと思いますが、データ分析のプロセスの設計や管理などを適切に行うだけの知識は必要です。
学生に教えるという意味では大学の4年間は長いようでこうした知識や技術の修得には時間が足りません。
ただし、社会に出てデータサイエンティストとして独り立ちできるだけの知識を付けられるようなカリキュラムを各校で設計しています。
例えばプログラミング知識については、まずは写経(他人のプログラムを(コピペメニューでなく)写す)ところからはじめて、解答が示されていない問題のプログラミングを行います。
最後は(卒業研究などで)問題すら与えられていない対象について、問題を見つけながら必要な分析を行い,結果を考察する段階まで行います。
これらをカリキュラムで段階的に配置し、一連の作業を自分で行えるレベルになるよう設計されています。
ビジネスデータサイエンスのトレンドや技術動向と高度な自動化への向き合い方
「生田目教授による解説」
計算機の性能やインターネット環境も今以上に向上することが予想されるため、流通するデータ量も今以上になることは間違いありません。
したがって、ビジネスでデータ活用する領域はさらに広がり、活用しないわけにはいかなくなるでしょう。
短期的には生成AIの活用領域が広がり、例えばコールセンター業務の自動化も進むと予想されます。
デザインなどの領域においても生成AIによるコンテンツ作成なども進む可能性があります。
また、ディープラーニングなどの分析手法もしばらくは進化を続けると考えられます。
これらをリアルタイムにキャッチアップしていくことはとても大変ではあります。
今までは音声分析には音声データ、画像分析は画像データを学習させるようにそれぞれの分野ごとに分析されることが主でした。
現在でも一部では複数のデータを同時に使うマルチモーダルモデルによる分析が行われていますが、有機的にデータを組み合わせた、その分データ量や次元が大きくなる分析がさらに広がると予想できます。
長期にはシンギュラリティで代表される高性能すぎる計算機が、ビジネスのあり方に問題を起こすかもしれません。
確かに自動応答が可能な業務や定型的な業務、機転が必要な場面が少ないような業務においては、過去のデータパターンを学習し、自動化が行うことが可能となります。
過度の自動化は人間を排除することにもつながりかねません。
しかし、何のためのビジネスか?ということは常に考えなければなりません。
もちろん、我々人類が(少なくとも落ちぶれず)繁栄していくためのものでなくてはならないはずです。
省力化できること、計算機に任せておいて良いことはコンピュータに任せておけばよいのですが、人間とコンピュータの立場が逆にならないよう留意することは重要です。
創造的な活動、新しい製品やサービス、方式の発明は人間にしかできないことだと思います。