専修大学ネットワーク情報学部は、エンジニアを志す学生達に対してデザイン思考を取り入れたカリキュラムを提供しています。美大以外でデザインを学ぶ演習科目を設置するというのは、今でこそ珍しくなくなりましたが、ここでは、学部創設時からスタッフ陣が”情報とデザインは不可分である”という問題意識を持っており、使う人々の目線に立ったシステム開発のためにデザインの考え方を役立てようとしていたそうです。そこで学術的な論文を書くことよりも、やってみせることができる変わったタイプの教員が必要と言うことになり、デザイナーとしての経験をお持ちの上平先生がデザイン実技を担当することになりました。そんな上平さんにデザインの重要性や社会性との関係についてお話しを伺いました。
「情報デザインの教室」「情報デザインのワークショップ」こちらはワークショップの事例を集めたもので、手軽に誰でも勉強できるようになっています。情報デザインフォーラムに参画している専門家によって、いかにして周辺の人々と共にデザインに取り組んでいくことができるかを狙って書かれています。興味のある方はぜひご覧ください。
上平先生が行っている授業の中で、独自の方法等はありますか?あるとするならば、その方法にはどんな意味があるのでしょうか。
珍しい取り組みとしては、「インプロビゼーション」のワークショップでしょうか。日本語で言えば”即興劇”のことです。通常の演劇のように与えられた台本がなく、その場その場の状況の中で役者が自分で考えて言葉やアクションを生み出していく、いわばアドリブの応酬です。それをデザインの一環として取り入れています。
そんな無茶なことは選ばれた人しかできっこない、と思われるかも知れませんが、実はデザイナーもエンジニアも年配の人も、いくつかの段階を踏んでいけばほとんどの人ができるんですね。専修大だけでなくて、ここ5年程、産業技術大学院大学で人間中心デザイン履修プログラムというところで実施していますが、30代40代の社会人のみなさんも大変立派に出来ています。インプロは、発想法で定番となっているブレーンストーミングと共通した原理があるので、発想するプロセスとそこで不可欠なことを理解するというのが主旨なのですが、参加者のみなさん、よく「目からうろこがおちるような体験」だと言ってくださいます。
即興劇と言っても、いきなり舞台に立って人に見てもらうことを目的としているわけではありません。基本的にだれでもできるような運動、例えばペアになって相手の動きを模写したり、架空のボールをやりとりしたりと、身体をつかったコミュニケーションゲームのような初歩的なもので心と体をほぐすことから始めていくわけですが、そこで起こっていることはすべて自分一人ではできない他者との相互作用です。あちこちで笑い声が起こって楽しい雰囲気になりますので、まず最初はアイスブレイク的な側面に意識が向きがちですが、ふりかえってよく考えていくと、結構深いのですね。
例えば、普通にわたしたちはビジネスの現場においては先に計画を決めて、その通りに進めることを好みます。日常業務もそうですし、プレゼンの多くもそうです。それはいわば台本に沿って我々が演じることと言えるでしょう。もちろん事前に計画することはとても重要ですが、一方では頭の中で決めたプランが予定調和のように進んでいく危険をはらみます。今は様々な領域で新しいアイデアが求められる時代ですが、前のめりで先に決めて進めることは創造に適しているでしょうか。私はそうは思いません。「笑い」をみてもそうですが、その場その場で起こる他者との相互作用をうまく活用して考えることが重要です。いつのまにか陥りがちな「あたりまえ」にゆさぶりをかけるためにも、思考の瞬発力を高めていくことが、新しい可能性をつくる土壌になると考えています。
そしてさらにいえば、現代の社会ではみんな集中力は明らかに下がってきていると思います。あとで見るための動画や記事、資料がいつでも手に入ることでたしかに利便性は上がって前後の時間軸は増えましたが、本来は、「今、ここ」にある体験は二度と再現できないことのはずですし、それを存分に味わうことが満足度につながることだと思います。一期一会でもあるインプロの即興性に惹かれるのはそういうところもありますね。
ネットワーク情報学部での授業はどのように行われていますか?また、授業の中で学生はどういったことを意識していますか?
現在のカリキュラムでは、8つのプログラム制をとっています。学科やコースよりも履修の柔軟性が高いことが特徴です。情報学という大きなまとまりの中で、1年生は情報の表現・分析、プログラミング、数学などの基礎を習得し、2年生からは学習領域がパッケージ化されたプログラム(コンテンツデザイン、社会情報、メディアプロデュース、経営情報分析、ITビジネス、ネットワークシステム、情報数理)の8つの領域で、人・技術・ビジネスをオーバーラップさせながら学んでいます。
そして、2年生と4年生はそれぞれのプログラムの学習内容を学ぶ一方で、3年生では横の繋がりを意識し、領域横断型のプロジェクト学習を実施していることも特徴として挙げられるでしょう。これは他領域の学生と一緒にコラボしながら1年かけて成果物を作っていくというもので、例えば私の指導しているチームの場合では、4つのプログラムの学生が混じっています。学生達はそれぞれの分野が違う中で協力し合うことで、チームワークに不可欠な幅広い視点をもつことや、その中で自分が貢献出来るスキルが自覚できるようになっていると思います。エンジニアの学生たちがデザイン系である私の研究室を選ぶことも多くて、ハイブリッドな人材がでているのが面白いことだと思います。
上平先生が学校を通して提供しているサービスはどのようなものですか?
ざっくりいえば、情報社会の中で何かを創造していくための考え方であったり、方法であったり、ということになりますでしょうか。その中でも特に「利用文脈」に焦点を当てています。「誰が、どんな状況で、どんなふうに使うのか」の視点を抜きにして作り手側の論理だけで好きに作ってもロクなものになりません。特定の誰かを想定して、新しい発見ができるかがもっとも気をつけていることですね。
今の大学生はデジタルネイティブですので情報リテラシーも高いわけですが、使う人も自分や身の回りの友人を中心に考えがちです。ですが、長い目で見ていい仕事をしていく上では、大学時代だからこそ、立場の違う他者に対する想像力や、利害を抜きにして人に力を与えることの面白さに気付いてもらえればと思ってます。
今はオンラインで無料で学べる良質な教材がたくさんあります。従来は閉じられていた教育サービスには大きなイノベーションが起こったと言えるでしょう。そんな時代に、わざわざ学校まで来ることの意義を大きく捉え直す必要があります。自分でやりたいと自覚できていることはある程度自分でやれるはずです。それ以外に、それまでは考えてもみなかった視点に新しく気付く機会を提供することができれば、と思っています。
最後に、上平先生が自身で行っている新たな発見に気づく方法はなんですか?また、上平先生にとって発見した時の面白さとは何ですか?
フィールドワークが大好きで、自分自身の嗅覚を信じて変わった場所に行くことが多いですね。ワークショップなどで街の人々と一緒に実際に問題に取り組んでみたりすることも面白いです。
社会の中には、潮目のような場所があちこちにあります。潮目というのはいわゆる海流と海流がぶつかる場所ですが、社会ではいろんな人々のカルチャーがぶつかる場所でしょうか。そういう場所には葛藤や制約が沢山ありますし、だからこそ創造的な場になる可能性を秘めているわけです。
IT業界からの目線だけでは見えない問題がたくさん社会の中には存在しています。人々のニーズやウォンツはそういうところに潜んでいるわけですから、なるべくそういった潮目のような場所に積極的に足を運ぶことが他人には無い視点を得ることにつながるのではないでしょうか。
最近は、いろんな技術が普及したおかけで、これまでITが絡みにくかった場所でも自分たちがつくったアプリやシステムを試せる機会が圧倒的に増えましたね。エンジニア就活をご覧になっている学生さんもチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
最後まで読んで頂きありがとうございました。そして、この様なインタビューの機会を頂き、上平先生ありがとうございました。