今回は福岡大学で教授を務める合力知工先生に、「キャリアにおける意思決定と自己理解の重要性」についてインタビューさせていただきました。経営戦略やマーケティング心理学、ビジネスコーチングによる人材育成をご専門とする合力先生に、キャリアの転機における考え方や効果的な意思決定のプロセスについてお伺いしていきます。
現在研究されている分野・具体的なご活動内容について

ポジティブ心理学や神経科学(脳科学)をビジネスに取り入れて、「組織メンバーのエンゲージメントやウェルビーイングを高めることと、生産性の向上には正の相関性がある」ということを実証する研究を行っています。ビジネスコーチングによる人材育成、その他、企業倫理や女性活躍推進の研究もしています。
専門は「経営戦略論」です。ゼミナールでは、まず「ビジネスコーチング」「マーケティング心理学」「行動経済学」の基礎的知識を学んでもらい、その後、企業と連携して、学んだ基礎的知識を活用して課題解決を行います。
成果の出る戦略策定や戦略ツールの効果的な活用は、その前提に「柔軟なモノの見方・発想の仕方」「アート思考」が重要であるということを強調して伝えています。
2011年から2012年にかけて、客員研究員としてコロンビア大学で研究を行ったときのこと。成果発表会の場で、「組織の生産性と社員の幸福度には正の相関性がある」という仮説を立て、その検証を実証研究に基づいて説明した際に、David E.Weinstein教授から「実践的根拠は理解できるが、理論的根拠に欠ける」と指摘され、そこでさまざまな理論的根拠を模索した結果、ポジティブ心理学に出会いました。それ以降、ポジティブ心理学をビジネスに取り入れる研究に没頭しています。
成果の出る戦略を策定できたり、戦略ツールを効果的に活用できる人材を社会に送り出すこと自体が社会貢献であると考えています。そのほか、中小企業団体との勉強会や行政との連携により、女性活躍推進を妨げる要因の分析や女性IT人材の育成についての研究も社会に貢献できていると考えています。
「生成AIを活用したビジネス」「カーボンニュートラル実現のための持続可能なエネルギー転換」などは言うまでもありませんが、「男女共同参画社会の実現に向けての障害について(固定的性差別役割分担意識、管理職や意思決定層への女性登用の遅れ、DV・セクハラ等のジェンダーにかかわる人権意識)」「女性IT人材の育成について(育児をしながら高収入を得る方策の一つとしてのIT人材の育成)」などの関心も高くなっています。特に、女性活躍推進は「道義的」ではなく「戦略的」に捉えることが肝要であると考えています。
研究者としてのこれまでのご経歴・キャリアパス
中学ではバレーボール、高校ではフォークソングに没頭して勉強とは無縁でした。結果、高校は浪人、大学でも浪人を経験。
しかし、浪人での経験は、勉強の面白さを感じるきっかけとなりました。大学に入ってからは勉強に没頭し、2年次までは広告マンになりたいと考えていましたが、3年次のゼミで生涯の恩師小林順治教授に出会ったことが重要な転機となり、研究者を目指すようになりました。
大学3年次に入ったゼミで指導を受けた小林順治教授の影響が直接的な契機ではありますが、父が経営学者で、幼少期から経営学の話を聞かされていたことも間接的に影響しているように思います。
高校浪人の道を決断したこと。大学浪人はそれほど珍しくはないですが、高校浪人をする人はほとんどいなかったので、その決断は難しいものでした。
中学時代にはほとんど勉強をしなかった分、学ぶ内容をどんどん吸収できました。決断自体は難しいものでしたが、いざ浪人生活を始めると、分からなかったことが分かるようになり、知識が蓄積されていくにつれ、成績もどんどん上がっていきました。「頑張って乗り越えた」というよりも、努力を重ねているうちに自然と乗り越えられていたという感覚です。
「資格」の類のものはまったく保有していませんが、「経験」が大いに役立ったように思います。具体的には、高校浪人と大学浪人で、表面的な公式や用語の暗記とは異なる、勉強の本質を学ぼうとする習慣が身につき、それが研究活動の土台となっています。
さらには、大学3年次からのゼミで難解な経営書を徹底的に読み込み、「論理的思考力」を身につけたことも研究者としての道を歩むうえで大きな武器となりました。
高校浪人、大学浪人をすることにより、当時は「現役の人と比べて遅れている」と感じていましたが、現在はまったくそのようには思いません。人にはそれぞれの道があり、どれ一つとして同じ道はないので、そもそも比較をすること自体ナンセンスということに気づきました。
そのほかにも、浪人を経験したことにより、「急がば回れ」と「転んでもタダでは起きない」という思考方法が身につき、焦らないことが納得のいくキャリア形成につながると思っています。
キャリア形成と意思決定に関する知見

人生の転機では、「急がば回れ」と「転んでもタダでは起きない」という思考が効果的だと思います。「人生は失敗の連続である」ということ、つまり失敗自体は問題視する必要はありません。重要なのは失敗した際のアクションの取り方で、起き上がる時に、何でもいいからつかんで起き上がれば、半歩でも先に進むことができ、少なくとも後退はしません。時間はかかったとしても、結果的には確実にキャリアが形成されていく、と考えられます。
どんな事象もポジティブな解釈とネガティブな解釈ができます。例えば、「昇格試験に失敗した」という事象に対して、「昇格試験に失敗したので、つまらない人間」とネガティブに解釈することもできますが、「昇格試験に失敗したが、チャレンジングな人間」とポジティブに解釈することもできるということです。
自己分析をする際は、ポジティブな解釈をする方が自信が生じ易くなり、自信が生じることから希望が膨らみやすくなり、希望が膨らむことで、さらにポジティブな解釈ができるようになる、という好循環が形成されます。
転職したい理由が、個人レベルではなく、会社ぐるみの「ハラスメント」「宗教勧誘」などの個人の努力ではどうにもならないようなケースは、即転職することをお勧めします。一方で、「人間関係」「業務の問題」「モチベーションダウン」など、個人の努力で改善の余地があるようなケースは、転職したとしてもまた同じ状況になり、キャリアダウンにつながりやすいため、再考したほうが良いかもしれません。
また、「この会社では自分の力が発揮できない」「この会社ではやり切った」などの理由で転職する場合は、キャリアアップにつながりやすいように思えます。
現代社会では、グローバル化やAI・ロボットなどに見られるテクノロジーの進展、終身雇用・年功序列の減少により、キャリア形成の主導権が企業から個人へ移り、「境界のないキャリア」や多様な働き方が広がっています。AIによる業務代替や職業人生の長期化を背景に、個人には継続的な学びとリスキリングを通じ、自ら市場価値を高める主体的なキャリア設計が求められています。
課題としては、非正規雇用では能力開発の機会が乏しく、若年層を中心にキャリアの上限が制約されやすいという構造的な問題が続いていることが挙げられます。このように、キャリアの選択肢が増えた一方で、学び直し・専門性の獲得・雇用形態間の格差是正をいかに実現するかが、現代のキャリア形成における中核的課題と考えられます。
戦略的思考は、キャリア選択を「長期目標達成のための資源配分」と捉え、限られた時間・能力・人脈を、どこにどのように投下するか、を設計することに活かせます。
具体的には、①キャリアのゴール像と中間マイルストーンの設定、②自分の強み・弱み、業界動向などを分析、③複数の選択肢(転職・大学院・社内異動など)のリスクとリターンを比較し、優先順位をつける、といった形で用いられます。
一方、アート思考は、正解のない時代に「自分は何に違和感や美しさを覚えるか」という内的価値からキャリアを構想する際に有効です。既存の職種や役割に自分を当てはめるのではなく、「こういう世界をつくりたい」「この問いを深めたい」というビジョンから逆算して働き方や学び方をデザインできます。
両者を統合すれば、「自分固有のテーマ(アート思考)」を起点に、「どのような市場・組織に、どのスキルをどのように投下すれば、それを実現しやすいか(戦略的思考)」を検討することで、納得度と実現可能性の高いキャリア選択が可能になると思われます。
転職者・キャリア形成中の方へのアドバイス
転職をする前に、今一度、自分の会社、自分の役割を見つめ直してほしいと思います。フランスの作家であるマルセル・プルーストの言葉に「真の発見の旅は、新しい景色を探すことではなく、新しい目を持つことである」とあります。
新しい景色を探すことが効を奏すということはもちろんありますが、いま目の前にあるものを違った角度から見れば、まったく新しい別のものに生まれ変わる可能性があるということを意味しています。自社を「人材不足で商品開発能力もない」会社だと思い込んで、お金をかけて新しい人を雇ったり、新しい商品を探したりする必要はありません。
目の前の部下や商品を違った角度から見る、すなわち「新しい目」を持つことで、お金をかけずに有能な部下や魅力的な自社商品を手にできる可能性があります。「新しい目」で会社を見つめ直しても、なお魅力を感じなければ、転職というステージに進んでも良いと考えます。
「VUCAの時代」と言われる現代において、一つの会社や専門で生涯を終えるのではなく、自らキャリアを更新し続ける前提で長期ビジョンを描くことが重要になります。長期的なキャリア構築では、まず「どのような価値を世の中に提供したいか」「どのような状態で生きていたいか」という軸を定め、職種や業界よりもブレにくい価値観・関心を土台にすることが有効です。
そのうえで、①汎用スキル(言語化する力・ITリテラシーなど)、②選んだ領域での専門性、③人脈などの無形のリソース、を意識的に蓄積し、環境変化に応じて数年ごとに学び直しや方向修正を行います。「軸」と「リソースの積み上げ」を連続させることで、変化に強い長期キャリアを構築できるのではないでしょうか。
「好きな分野を仕事にする」という選択は、うまくいかないケースもあるということを認識しておいた方がいいかもしれません。例えば、旅行好きな人が旅行会社を選ぶという場合、企画や段取りが好きな人はうまくいっても、景色や経験を楽しむこと自体が好きな人は、「裏方」に回ることにストレスを感じて嫌になってしまう可能性があります。
しかし、嫌いな分野で仕事をするのは苦痛かもしれません。「興味のある分野」を探ってみると、自分に合った職場が見つかることもあります。
大切なのは自分一人で考え込むのではなく、信頼できる人に相談するということです。しかし、何も考えずに他人に相談しても自分の気持ちが落ち着くことはないし、有効なアドバイスを得ることもないと思います。まずは何が具体的に不安なのか、自分で考えて紙に書き出して可視化してみてください。そのうえで、信頼できる人に相談し、第三者の視点から現実的なリスクと対処策を確認する、というステップがいいのではないでしょうか。
それでも、不安が完全になくなることはないと思うので、情報収集やスキル習得などを積み重ね、成功体験を増やして自信をつけていくことが肝要です。その繰り返しで、徐々に前向きな手応えを得られるのではないかと思います。
たとえ不安を抱えても、「不安を感じるのはやる気の裏返し」というポジティブな思考をすることも大切です。
今後「VUCA」はより一層混迷を極め、またAIやロボットなどの技術革新も、従来の「リニア(直線)型」ではなく、「エクスポネンシャル(指数関数)型」で進展していくと思います。そうした時代においては、「過去の成功体験」や「数年前に仕入れた知識」は意味をなさなくなることが多いので、常に、情報や経験をブラッシュアップしていこう、という姿勢を持つことが大切ではないでしょうか。
そして、ブラッシュアップする際には、ぜひ「柔軟なモノの見方」「アート思考」を取り入れることをお勧めしたい。
福岡大学の基本情報
| 名称 | 福岡大学 |
|---|---|
| 所在地 | 〒814-0180 福岡市城南区七隈八丁目19-1 |
| 大学HP | https://www.fukuoka-u.ac.jp/ |
| 今回インタビューにご協力いただいた先生 | 合力知工先生(教授) |


