今回は武蔵野大学で教授ならびにキャリアセンター長を務める矢澤美香子先生に、「キャリアにおける意思決定と自己理解の重要性」についてインタビューをさせていただきました。臨床心理学、産業・組織心理学を専門としている矢澤先生に、キャリアの転機における考え方や効果的な意思決定のプロセスについてお伺いしていきます。
現在研究されている分野・具体的なご活動内容について
私の専門領域は、産業メンタルヘルスとキャリア支援です。人が心の健康を保ちながら、いきいきと働けるようになることをテーマに、教育と研究を行っています。
大学院では公認心理師や臨床心理士などの心理専門職の養成にも力を入れ、キャリアセンターでは大学全体のキャリア教育・支援に関わっています。
ゼミでは、「どのように働き、どのように生きるか」という問いを軸として、心理学的な理論をもとに自己理解や他者理解を深めながら、働く人のメンタルヘルスやキャリア開発・支援について学びます。キャリアセンターではキャリアデザインやインターンシップ科目を担当し、学生一人ひとりが満足感や成長実感をもって、自らのキャリアを描いていけることを目指しています。
私はJ.D.クランボルツの「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」に関心を持ち、研究を進めています。大学生を対象にした調査では、ウェルビーイングが高く、就職活動やキャリア形成に積極的な学生ほど、偶然を活かす5つのスキル(好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心)が高いことが明らかになっています。心の健康とキャリアの積極性が「偶然を活かす力」で結びついていたのは、とても印象的な発見でした。
ストレスが多い現代の働く環境では、メンタルヘルス不調の「予防」は重要な課題です。しかしながら、心理職の数は十分ではなく、支援のすそ野を広げる必要があります。私の研究は、「働く人自らが心の健康を守る力を育むこと」を目指しており、個人と社会全体のウェルビーイングの向上につながるのではないかと考えています。
「ワークライフバランス」の概念は広く浸透していますが、最近では、仕事と私生活を統合的に捉え、相互に良い影響を与える「ワークライフインテグレーション」が注目されており、私も研究に取り組んでいます。コロナ禍以降、働く時間や場所の柔軟性が高まりつつありますが、仕事も私生活も大切にしながら自分らしい生き方をデザインすることが、これからの時代のテーマだと感じています。
研究者としてのこれまでのご経歴・キャリアパス

大学院修了後、心理士として都心の心療内科でカウンセリング業務に携わりました。企業で働く多くの方がストレスによるメンタル不調に悩んでおり、その深刻さに衝撃を受けました。症状が進んでからの支援には限界があり、回復にも時間がかかります。毎回の50分のカウンセリングではできることが少なく無力感を覚えました。
カウンセリング業務に携わったことで、予防の重要性や個人と組織の双方に対する支援の必要性を痛感しました。産業領域で心理支援をする専門家や心理学を身近に活かせる人材の育成を目指して、大学での研究と教育の道に進みました。
そんな折、本学の公募と出会い、当初は社会人学生が多い通信教育部の教員として着任しました。仕事や私生活、学びのバランスに悩みながら新たなキャリアを切り拓く社会人学生との関わりが、キャリア研究の必要性と面白さを実感するきっかけとなっています。
20代後半から30代にかけては、研究・教育・臨床の仕事を掛け持ちつつ、出産・育児も重なったので私生活との両立に悩み、キャリア形成の難しさを感じていました。一方で、子育ての経験や親同士の関わりが研究のヒントになったり、思いがけない学びや発見、研究シーズにもたくさん出会いました。
仕事と生活を切り離さず、相互に活かし合うことで、どちらも楽しむことができると気づき、それが現在のワークライフインテグレーションの研究にもつながっています。
生活の中で起こる出来事や人との出会いを学びや研究テーマと結びつけて捉える姿勢、一見関係のないことも好奇心を持ち視点を変えて組み合わせることで新たな発見や研究の発展につながる姿勢、いろいろな「掛け算」からキャリアを広げていく感覚を大切にしています。
「Sometimes the wrong train takes you to the right station.(間違えて乗った電車が時には目的地に連れて行ってくれる)」という言葉があります。私は高校時代は理系で、医療系の進路を考えていましたが、現役で不合格となり、“どうせ浪人するなら心理学を学んでみたい”と文転しました。
振り返れば、計画通りに進まなかった出来事や偶然の出会いが転機となり、その積み重ねがキャリアを形づくってきています。想定外のことでも「とりあえずやってみよう」と踏み出した先が、自分の目的地だったのかもしれません。
キャリア形成と意思決定に関する知見

人生の転機は、その時にどう行動するかで大きく変わります。不確実な状況でも、まずは小さくても一歩踏み出してみてください。
その行動が次のチャンスを生み出します。そして、どんな結果もしなやかに受け止める“オープンマインド”を持つことが、転機を活かす鍵になると思います。
キャリアの節目では、自分の考え方や行動の傾向、パターンを見つめ直すことが大切です。認知行動療法という心理療法では、頭の中に自動的に浮かぶ考えを「自動思考」と呼びます。人は誰しも独自の思考パターンを持ち、それが行動や感情に影響を与えています。
転機を前向きに活かすには、自分を制限する考え方に気づき、代わりに自分を力づけてくれる思考を育てることが大切です。
転職は「より良く生きる」ためのキャリア選択のひとつです。どこに行くかも大切ですが、行った先で何をするか、どのように自分は生きていきたいのか。
仕事面だけでなく私生活も含めて、ありたい自分の姿を描き、キャリアをデザインしていくことが大切だと思います。
現代は変化が激しく、将来の見通しが立てにくい時代です。コロナ禍を経て働き方や生活様式、価値観も大きく変わりました。
計画通りに進めることだけでなく、変化を受け止めながら行動し、学び、気づきを得ていくことが重要です。変化にしなやかに適応する姿勢や力が、これからのキャリア形成に求められています。
心理学では、人間の行動と環境の相互作用を重視します。キャリア選択では自分を理解するだけでなく、その環境でどう力を発揮しどのような関係を築けるかも大切です。
行動と環境の両面に目を向ければ、自分らしいキャリアが見えてくると思います。
転職者・キャリア形成中の方へのアドバイス

転職を考えるときは、「何をしたいか」だけでなく、「どのような偶然にワクワクしたか」「どのような経験が自分を動かしたか」を振り返ってみることをお勧めします。そうした出来事の中に、自分の価値観や、いきいきと働けるヒントが隠れていると思います。
過去の偶発的な体験を現在と未来への糧にしてください。
変化が激しく将来の見通しが立てにくい現代社会では、クランボルツの示した5つのスキル――好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心――を育むことがとても役立つと思います。これらの力は心の健康を保ちながら、思いがけない出会いや経験をチャンスに変える助けになります。
その積み重ねが、長期的に満足感と自信の持てるキャリアを形づくるはずです。
自分に合う仕事や職場を探すことも大切ですが、どのような環境にも学びや成長のきっかけがあります。まずは好奇心を持っていろいろな人や経験にふれてみてください。
行動を重ねることで自分らしく心地よく働ける環境がわかり、それを作っていくことが“自分に合う仕事”を見つける近道になると思います。
不安は自分を守ろうとする自然な感情であり、迷いは成長のサインでもあります。大事なのは、それらを否定せず「自分が本当に大切にしたいもの」に目を向けることだと思います。
小さな一歩でも行動を起こせば状況は少しずつ動き始めます。失敗とは、行動の結果に自分がつけたラベルにすぎず、その中に次へ進むためのヒントがたくさん隠れています。
どうか臆せず一歩を踏み出してみてください。
これからの社会では、「正解を見つける」よりも「自分なりの答えをつくっていく力」が求められます。日々の出会いや経験を大切にし、失敗を恐れずに行動しながら、その結果を自分なりに意味づけていってください。
仕事も私生活も含めて、自分にとっての“幸せな生き方”をデザインすることが、キャリアをより豊かなものにしてくれるはずです。
武蔵野大学の基本情報
| 名称 | 武蔵野大学 |
|---|---|
| 所在地 | 有明キャンパス:〒135-8181 東京都江東区有明三丁目3番3号
武蔵野キャンパス:〒202-8585 東京都西東京市新町一丁目1番20号 |
| 大学HP | https://www.musashino-u.ac.jp/ | 今回インタビューにご協力いただいた先生 | 武蔵野大学 矢澤美香子先生(教授) |


