今回は法政大学で教授を務める田澤実先生に、「キャリアにおける意思決定と自己理解の重要性」についてお話を伺いました。心理学を基盤にしたキャリア形成や意思決定のあり方を研究されている田澤先生に、キャリアの転機における考え方や効果的な意思決定のプロセスについてインタビューしました。
現在の研究されている分野・具体的な活動内容について
私は生涯発達心理学と教育心理学を基盤に、大学生や若手社会人のキャリア形成や意思決定のあり方を研究しています。最近は「地元志向」の形成や、大学のキャリア教育の効果測定にも関心を持ち、調査や分析を行っています。
授業では、学生がファシリテーションスキルを身につけるために、中高生向けのキャリア教育プログラムを企画・実施する科目を担当しています。ほかにも、AIなどのツールを活用して探究的に問いを立て、研究を深めるゼミも行っています。
印象に残っている成果としては、就職活動初期に肯定的な社会観を持つ学生が、その後スムーズに内定獲得につながる傾向を追跡調査で示せたことです。
キャリア支援は、個人だけでなく職場や社会全体に波及する性質があります。支援を受けた本人が、自分に合った職場で能力を発揮できれば、良いパフォーマンスを生み出し、個人と組織が共に利益を得られます。
このような事例が増えることで、最終的には社会全体が恩恵を受けるという流れです。
特に最近は「生成AIとどう向き合うか」が大きなテーマです。単なる不正防止にとどまらず、AIを自己分析や情報整理に活用し、人間が深い対話や意思決定に集中できる環境づくりが重要だと感じています。
研究者としてのこれまでのご経歴・キャリアパス

私は1997年に大学へ入学しました。当時は「就職氷河期」の初期で、山一證券の自主廃業に代表される金融危機の年でした。教員採用試験も高倍率で、将来への不安が大きかったのですが、その経験がキャリア形成や意思決定プロセスへの関心の原点となりました。
研究者を志したきっかけは、大学3年生のときに出会った先輩の研究姿勢に強く惹かれ「自分もこうなりたい」と思ったことです。大学院進学を決断したことは、自分への大きな挑戦でした。
「大学院に落ちたらどうしよう」という不安以上に、大学院を目指すという挑戦に価値を見出せた瞬間でした。
私が大学教員としてキャリアをスタートしたのは2007年4月からですが、その前年がもっとも大変でした。博士課程の3年間を終え、4年目になると就職の見通しも立たないなか奨学金が打ち切られ、経済的に厳しい状況になりました。私は「この1年でできることはすべてやろう」と腹をくくり、国内外で8回の学会発表を行いました。振り返ってみると、あのがむしゃらな挑戦が次につながったのだと思います。
大学に勤めてからは、無業状態の若者支援や発達障害のある学生のサポート、教育実践の効果測定などに取り組んできました。異なる分野の先生方と共同研究をすることで、今まで触れてこなかった分析手法を学ぶことができました。新しいスキルだけでなく、ものの見方や知識の幅が広がったのも大きな財産です。
若者の就労支援施設で相談員をした経験は、研究に実践的な視点をもたらしてくれました。「就職」という言葉の裏にある多様な背景や意味を深く考えるきっかけになったのです。キャリアは決して直線的ではありません。現場での経験が研究を豊かにし、関心の幅を広げてくれたのだと感じています。
キャリア形成と意思決定に関する知見
キャリアの転機における意思決定は、単に「正解を選ぶ」ことではなく、自分なりに納得できる意味を見出すプロセスだと思います。効果的な意思決定のポイントは、複数の選択肢を比較すること、自分の価値観や役割(仕事・家庭・余暇など)と照らし合わせること、そして短期だけでなく長期の視野を持つことです。
とはいえ、実際には合理的な判断だけでなく、直感や感情が大きく作用する場面もあります。
自己分析では「できること」「やりたいこと」「求められること」の重なりに加えて、「心が動かされた瞬間」にも注目すると良いでしょう。どのような状況下で心が動かされたのかを説明できるようにしておくと良いと思います。
人生は選択の連続と言いますが、厳密には、選択した後はしばらくそこで適応していくプロセスがあります。人生は「選択と適応」の連続なのです。
その後の適応も予測しながら選択をしますが、どうしてもそこでうまくいかなそうであれば、また次の選択へと移ります。そのような視点を持つことができれば、前向きな気持ちにつながるかもしれません。
転職者・キャリア形成中の方へのアドバイス

転職やキャリアチェンジを検討される際は、環境を変えることに焦りを感じる前に、まずは自分自身と向き合う時間を大切にしていただければと思います。「自分はこれまで何を大切にしてきたのか」、そして「これから何を大切にしていきたいのか」を改めて見つめ直すことから始めることをお勧めします。
完璧な選択肢というものは存在しません。それぞれの選択肢の長所と短所を冷静に理解した上で、「今の自分が納得できる一歩」を踏み出すという考え方が、意思決定の重荷を軽くしてくれるのではないでしょうか。
不安や迷いを感じることは極めて自然なことですが、そこで立ち止まってしまうのではなく、小さくても行動に移すことです。行動することで、感情を貴重な学びの機会に変えることができます。
一見すると遠回りに思える経験であっても、自分なりに試行錯誤できる手応えを感じることができれば、それは最終的に他の誰も持たない大きな強みとなることもあります。これからの時代を生きる若い世代の皆さんには、「唯一の正解を求めすぎず、常に問いを持ちながら歩んでいく姿勢」 を大切にしていただきたいと願っています。
法政大学の基本情報
今回インタビューにご協力いただいた先生は、法政大学で教授を務められている田澤実先生です。
| 名称 | 法政大学 |
|---|---|
| 所在地 | 〒102-8160東京都千代田区富士見2-17-1 |
| 大学HP | https://www.hosei.ac.jp/ |


