今回は東北工業大学で准教授を務める下總良則先生に、「キャリアにおける意思決定と自己理解の重要性」についてインタビューをさせていただきました。デザイン経営、デザイン学、デザインマーケティング論などがご専門の下總先生に、キャリアの転機における考え方や効果的な意思決定のプロセスについてお伺いしていきます。
研究背景・専門領域
私自身はデザイン学の研究者でもありますが、現役のデザイナーでもあります。それゆえ、私の研究テーマの中心にある軸はデザインです。
デザインを軸として、分野の垣根を越えて越境する意識を大切にしていますが、そのひとつが経営学です。社会に出て10年ほど経った頃、経営大学院へ通いました。
経営学を学ぼうと考えたきっかけは、私自身のキャリアの中で経営に関わる機会が多く、必要性を感じたことです。また、私からデザインを学び社会へ出た卒業生たちが、私と同様に経営で悩んでいる姿を多く見かけ、これを解決したいとも感じていました。ここから、「デザインと経営学」を研究テーマに活動し、デザインと経営学を組み合わせたらどんな可能性を切り拓けるのだろうかと考え、研究を続けています。
チームで仕事を進める力の土台は他者理解です。それを鍛えるには、自分の専門分野に軸足を置きながら飛び出して、異なる分野へ越境することが大切だと考えます。
このとき、例えば「デザイン」と「経営学」といったように、自分が興味を持ち、かつ、自分の専門とはなるべく遠く離れた分野へ越境することをお薦めします。越境したての頃は新しい知識を理解するだけで精一杯ですが、その世界に慣れ親しんでくると、やがてその分野も自分の専門領域になり得ます。その時が、また新たに越境するタイミングですね。
今、生成AIの力を使って自分ひとりで仕事ができてしまうのは当たり前です。しかし、そうなればなるほど、どうしても生成AIでは解決できない問題が生じます。それは、他者と共に働いて成果を出すことです。
所属組織の内外を問わず、あらゆる他者と共に力を合わせて成果を獲得する共創デザインは、今後ますます重要になる一方、決して容易ではありません。
前述の越境は、沢渡あまね氏との共著『チームプレーの天才』の中で、共創デザインに必要と定義した35の能力のうち、共通基盤のひとつとなる重要な概念です。詳細はぜひ本書を読んでみてください。
キャリアの転機・意思決定

自分では、キャリアの軸を変えたつもりはなく、あくまでも私のキャリアの軸はデザインですが、順風満帆ではなく、その都度、何らかの壁にぶつかってきました。実は私は母子家庭で育ち、高校卒業後、3年間のフリーター経験を経て自分で大学入学資金を貯め、美術大学に通いました。
当時から困難の連続でしたが、困難を困難と捉えないのが私の性格かもしれません。そのうえで、遠い未来に自分が成りたい姿を思い描き、そこへ到達するには今の自分がどう成長する必要があるか、と考える点が、私にとってのキャリアチェンジの判断基準でした。
これだけ変化の激しい世の中です。自分を取り巻く外部環境が劇的に変化する中で、自分が変化しないわけにはいきません。安定している人は常に変化し続けている人だと考えるのですが、この時、自分自身が成長するには、根本的に何を学ぶ必要があるのか、を常に考えています。
大学卒業後は、オフィス家具メーカーに勤めてオフィスチェアのデザイン業務を担当しましたが、マーケティング分析を含めた企画開発にも携わっていました。大学でデザインは学んだもののマーケティングは学んだことがなく、そこでは残念ながら、思うような成果を出せませんでした。新商品開発とは経営戦略立案であり、経営の壁を感じていました。
メーカー退職後は、私と社長の2名体制のデザイン事務所に勤務しました。入社して半年が経った頃、社長が病に倒れ、復帰するまでの間は入社半年の新人である私が社長代理を務めることになりました。ここでもやはり、経営の壁を感じました。
そのデザイン事務所に3年ほど勤務した頃、社長が引退を決意されたため、私はフリーランスデザイナーとして活動を始めたのですが、独立して3年目の頃に経営的に厳しい状況がありました。また同じ時期に、大学や専門学校で非常勤講師もしていたのですが、私からデザインを学んで社会へ出た卒業生たちも、私と同様にデザインの現場で経営の壁にぶつかり、相談に来ることが増えていました。
そこで私は、自分が経営を学んで理解し、彼ら彼女らに伝えなければ、次の時代のデザイナーが不幸になると考え、経営大学院の門を叩きました。
職業選択・キャリア形成
私の担当科目に、受講生がセルフブランディングに取り組む授業があります。その際、受講生にまず意識してもらうことは、自分とは何者なのかです。
比較のために周囲を見回してみると、色んなことに気づけるかもしれません。しかし、それだけで自分自身の軸に気づくことは難しいのではないでしょうか。その答えは、自分の外にあるのではなく、自分の内にあるためです。
なぜデザインを学びたいのか。これは職業選択の問いと地続きです。自分のことなので何となく分かっているようで、実は明確に言語化できていない場合も多く見受けられます。この、明確に言語化できていない想いを私は「無意識のインサイト」と呼び、拙著『インサイトブースト』でもその重要性を伝えてきました。まずはそれに自分自身が気づき、認識するところからではないでしょうか。
働くことはつまり、自分の命を使うことでもあります。そもそも自分はなぜ働きたいのか、何のために働きたいのか。そのうえで、何の仕事を選ぶのか。無意識のインサイトを言語化することは、これらの問いに一本の筋を通すことにつながります。
人それぞれにこのバランスは異なりますが、越境すればするほど、軸足を置く分野の専門性を深める必要があると考えます。なぜなら、越境した先ではご自身が持ち込む知見が新たな発見へとつながり、何らかの新しいアイデアが生まれる可能性が高まりますが、その新たなアイデアに更なる深みや厚みを持たせることができるかどうかに、ご自身の専門性の深さが関わるためです。
そこには「わかる」と「できる」の差分が存在します。話を理解することは比較的簡単ですが、では、それを実現できますか?と問えば、そこには必ず難所があります。この難所を乗り越えるには、誰かが加工した二次情報ではなく一次情報を得ること、つまり、現場で経験を積むことが重要だと考えます。
私のキャリアの中には、海外の大手広告代理店グループでの勤務実績や国際デザインアワードの受賞経験がありますが、なぜそこにチャレンジしたのかと問えば、世界の高みを体験したかったからに他なりません。私にとって、これらの実績は結果的に幸運であったという一言に尽きると感じていますが、こういったチャレンジにおいて大切なことは、デザインに対して謙虚かつ真摯であることだと考えます。
先生からのメッセージ
私も亡き恩師から教えてもらったのですが、居合道に「憶せず気負わず」という言葉があるのだそうです。何か物事に取り組む際、臆病になってしまってはいつもの力が発揮できません。また逆に、肩に力が入りすぎていても、これもいつもの力を発揮できません。憶せず気負わず、ニュートラルな心持ちで取り組んでみると、ご自身が可能性を信じて越境した先で、ご自身と同じようにどこか異なる分野から可能性を信じて越境した誰かに出会うことができるはずです。
みなさんがこれから進む未来では、まだ誰も経験したことのない緊張感を抱くこともあるかもしれません。そんな時、「憶せず気負わず」という言葉が、未知なる未来に対する緊張感を和らげ、一歩を踏み出す勇気を与えてくれるのではないでしょうか。越境の勧めとともに、この言葉をお伝えします。
東北工業大学の基本情報
| 名称 | 東北工業大学 |
|---|---|
| 所在地 | 〒982-8588 宮城県仙台市太白区二ツ沢6 |
| 大学HP | https://www.tohtech.ac.jp/ |
| 今回インタビューにご協力いただいた先生 | 東北工業大学 下總良則先生(准教授) |


