今回は大阪公立大学で准教授を務める市村陽亮先生に、「キャリアにおける意思決定と自己理解の重要性」についてインタビューをさせていただきました。グローバルビジネスや経営学・商学に携わる市村先生に、キャリアの転機における考え方や効果的な意思決定のプロセスについてお伺いしていきます。
現在研究されている分野・具体的なご活動内容について

人的資源管理論を教えており、従業員のキャリア形成に対する組織の影響を研究しています。
近年、「キャリアは個人が主導して形成するもの」という考え方が、日本でもすでに定着していると言えます。しかしながら、会社員として働くヒトは、所属する企業からなにかしらの影響を受けて、キャリアが形成されることを避けられません。たとえば、業務外の仕事や社内の人事異動、急な転勤など、自分の意思と関係なくキャリア形成されていくことがあります。私は、ヒトのキャリア形成において、とくに個人の主体性(Agency)に着目して研究を行っています。


わたしは、大学院経営学研究科ではグローバルビジネス専攻、商学部では商学科を担当しており、主に人的資源管理論を教えています。
人的資源管理論とはヒトに関する企業のマネジメントのことで、その中でもとくに、従業員のキャリア形成に対する組織の影響や主体性に関するテーマを教えています。


個人の「主体性」に着目して研究をしているのですが、わたしの行なった研究では、組織からの支援を受けていると知覚することで、主体性が抑制されることがわかりました。
つまり、主体的であることは当たり前ではなく、たとえ主体的な性格であったとしても、環境によっては主体的ではなくなることがある、ということです。
このことから、現在は「主体性」そのものを促進したり抑制したりする要因の特定や影響のメカニズムの解明を目指しています。


近年、注目を集めつつある理論として、サステナブルキャリアがあります。
簡単に紹介すると、個人が主体的に、仕事や家庭など異なる社会空間を越えながら多様な経験を積み、それらに意味を見出しつつ長期的にキャリアは形成されるという考え方です。
このサステナブルキャリアにも主体性は重要な要素となっていて、わたしは主体性そのものが組織の影響を受けて伸びたり縮んだりすると考え、研究を続けています。


わたしの研究では、主体性は組織からの支援を受けることで縮小する場合があることがわかっています。
ただし、どんな支援も主体性を縮めるわけではなく、従業員のやっていることを後押しするような支援は主体性を伸ばす傾向になります。
一方で、職の安定といった安心感を与えるような支援は縮小する傾向にあることがわかっています。
こうした支援のもつメッセージ性の違いを理解することで、より効果的なキャリアマネジメントが可能となるでしょう。

研究者としてのこれまでのご経歴・キャリアパス

わたし自身のキャリアをまとめると、大学院にて修士を取得したのち、人材紹介会社に就職、と同時に博士課程への進学もしました。
働きながら博士を修了しようと考えていたのですが仕事が忙しく休学し、仕事に専念することにしました。
その後、3年半ほど働いたのち、研究職を志して退職し博士課程に復学。2年半ほどで博士を修了し宮崎県にて研究職のキャリアをスタートさせました。


重要な転機は、在職中に修士論文の内容をもとに行った学会発表でしょう。これを機に本格的に研究職を目指すようになりました。


28歳になったころ、「このまま企業で働いていくか研究職を目指すか」を悩むようになりました。
というのも、仕事柄30歳がひとつの節目になることを実感していたからです。
決断して乗り越えられたのは、いま思えば、その迷いを放置しなかったこと、また実際に行動することでフィードバックが得られたことが大切だったと感じます。
つまり、実際に行動して学会発表を行ったことで、やはり研究が好きであること、自分の研究が一定の関心を得られることを実感でき、研究の道へと迷いなく踏み出すことができました。


経営学や人的資源管理という領域を専門としているので、「企業・組織で働いた経験がある」ということそのものが役に立っていると感じます。
やはり、社会や企業で実際に起こっている現象を取り扱う学問なので、リアリティをもって研究に臨めることは強みだと思います。


もっとも大きな気づきは、キャリアの軸は経験によって形作られ、変化するということでしょうか。逆にいえば、軸がわからないときに机の前で悩んでいても答えは得られない、とわかったことです。やはり、わからない時こそアクションを起こし、少しでも材料を得ることが重要だと感じています。

キャリア形成と意思決定に関する知見

キャリアの転機での意思決定に重要なのは「何をもって良い決断とするか」という基準を自分自身で持つことです。
他人に決められた基準では主体的なキャリア形成はできません。もし基準を自分で決められない場合、経験不足または経験はあるが整理できていない、のどちらかです。


まず、「経験不足」の場合は新しいことに挑戦し、多様な経験を積むことが大切です。社会人の方から支持されることが多い、計画された偶発性理論によれば、偶然の出会いや出来事もキャリア形成にとって重要となります。仕事だけでなく、普段とは違う環境に飛び込んだり、新しい人と関わったりすることで、自分の進むべき方向が見えてくるかもしれません。
次に、「経験はあるが整理できていない」場合は、誰かに相談するのが効果的です。
また、どちらが原因なのか分からないときも、誰かに話を聞いてもらうことで解決の糸口が見つかるでしょう。


現代のキャリア形成には「個人の主体性が重視される」「仕事だけでなく家庭やボランティアなど幅広い経験も含まれる」という特徴があり、様々な経験を通してキャリアが形成されていきます。
自己分析を行う際は、これまでのキャリアや経験から得た自分自身の基準をもとに考え、基準がわからないときには誰かに相談して聞いてもらうのもいいでしょう。


どうしようもない事情での転職ではないのであれば、視点や判断基準を「自分で」設定することだと思います。仮に、自分で設定することができなかったとしても、焦らないことも重要です。まずは自分で設定できるように、小さくてもいいのでなにかアクションしてみましょう。
転職サイトに登録する、エージェントと話してみる、というのもひとつですね。「決断」するまえにできるアクションはいろいろとあります。


キャリアとは「仕事に関係する経験や行動の積み重ね」と定義され、昔は働き続けることで自然に形成されるものと考えられていました。
しかし、現代では個人の主体性が重視される、仕事だけでなく幅広い経験もキャリア形成に含まれる、という特徴があります。
主体性が重視される中、主体的に動くことや、自分がどうしたいか決められないといった悩みを持つ人もいるでしょう。このような人にお伝えしたいことは、まず自分はダメだと思わないことです。


主体性を育むには、自分がしたいことを決めるための材料=「経験」が必要になってくるわけですが、その経験を増やさなければなりません。一つに、目の前にある仕事や趣味をもっと深くやってみること。もう一つは今とは異なることをやってみることです。
新しいことを始めることに抵抗がある人は、前者の方法が試しやすいかもしれません。経験を増やすためにいつもの仕事を少し違う方法でしてみることや、クオリティを高めてみる、といったことも経験を増やすことにつながるでしょう。


はい。社内異動のような受動的なきっかけであっても新しい経験を増やすことができます。新しいことをはじめるためには、外部からのきっかけに「乗っかる」ことも大切でしょう。
少し視点は異なりますが、主体性を育むためには体調を整えるということも意識してみてください。その日のコンディションによっても主体性は変化すると私は考えています。睡眠を適切に取る、食事をちゃんと食べる、といったことで前向きに主体的に物事に取り組めるかもしれません。

転職者・キャリア形成中の方へのアドバイス

わたしも30歳を目前にしたとき、「企業で働くか研究職を目指すか」と悩んでいました。いまから思えばその迷いを放置しなかったことが大切だったと感じています。転職を検討している人は、新しいことを始めてみるなど、実際に行動をすることで見えてくるものがあると思います。


繰り返しになってしまいますが、キャリアの判断軸を自分で設定しておくことだと思います。キャリアは何十年にもわたる長い道のりなので、完璧に計画することは不可能です。
なので、キャリア上の判断が必要になったときに判断ができるように準備をすることが大切です。
ただし、キャリアの判断軸は経験によってつくられ、変化していくものであることには注意が必要です。過去の判断軸に囚われず、これまでの自分のキャリア、経験を振り返り判断軸をアップデートしていきましょう。


キャリアの転機における不安や迷いがあるときは、上司や友人、キャリアアドバイザーに相談してみるのもいいでしょう。最近ではAIに相談するという方法もあります。誰かに話を聞いてもらうことで解決の糸口が見つかることもあります。


新しいことに挑戦し、経験を重ねることで自然とキャリアの方向性は見えてきます。キャリアに今悩んでいる人は、ぜひ新しい経験を増やてみてください。偶然の出会いや出来事もキャリア形成には重要な要素となってきます。それらの経験が自分のキャリアの転機となるかもしれません。

大阪公立大学の基本情報
名称 | 大阪公立大学 |
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所在地 | 〒558-8585 大阪市住吉区杉本3-3-138 杉本キャンパス |
大学HP | https://www.omu.ac.jp/ | 今回インタビューにご協力いただいた先生 | 大阪公立大学 市村陽亮先生(准教授) |