今回は京都精華大学で 准教授を務める南了太先生に、「キャリアにおける意思決定と自己理解の重要性」についてインタビューさせていただきました。経営学や産学連携、PBL教育をご専門としている南先生に、キャリアの転機における考え方や効果的な意思決定のプロセスについてお伺いしていきます。
現在研究されている分野・ご活動内容について
経済学、社会学、経営学と様々なdisciplineを横断してきたので特定の専門分野はありません。もちろん様々な現象を解明し、論文等に投稿していますが、学問を活用して社会の様々な問題を解決することに関心があります。特に、一般的な理工・生物系分野の技術開発を目指す産学連携とは縁遠い、人文社会系分野の知の活用方法を探ってきました。
例えば、「新しいテーマの探索」や「企業統治の場面で有益な視座を得たい」「コンサルティング会社とは異なるアカデミックな知見での調査がしたい」といった内容の、人文社会系分野の知が企業に貢献できることを実証しました。
教育面では、地域や企業と連携し、解決・提案・表現・調査のアウトプットに、年間5件ほどのPBL教育を展開し、次世代人材の実践力の養成に努めています。
すなわち、旧来の座学を中心とした真理探究を行うdiscipline型ではなく、学術を超えて多様なステークホルダーが参画する「Transdisciplinary resarch and education(超学際研究・教育)」を行っています。
21世紀に入ってから「オープンイノベーション」が求められる中で、産官学連携は現代社会を考える上で最も重要なキーワードの一つになりました。この間にも様々な事例が紹介されていますが、私は、産官学連携の様々な現象を単に方法論としてではなく、「産官学連携学」という学問としての確立を目指しています。
研究者としてのこれまでのご経歴・キャリアパス
その一方で、自身のライフワークであった人文社会系分野の活用を、実務ではなく学問として捉えたいと考え、勤労学生として2016年に同志社大学大学院博士課程に進学し、中田喜文先生の指導の元で博士論文にまとめることができました。その最中の2020年に現職の京都精華大学から、「学生のPBL教育を重視したプログラムを立ち上げたい」との声がかかり、教育面での産学連携はチャレンジしがいのあるテーマであると考え、現在に至っています。
産学連携を細々と20年間続けた結果、万事塞翁が馬、研究支援職や大学職員とは異なる大学教員の道が拓けました。
もともとは、良い先生方に恵まれてきたことから、高校教員などになり、教育分野に携わろうと思っていました。ところが、社会学の大学院修士課程を修了した2006年に、お世話になっていた同志社大学の藤本昌代先生から紹介していただいた、NEDO技術開発機構に就職しました。
当時は、若手産学連携推進人材がいないということで、NEDOから同志社大学に出向し、産学連携のイロハを学びました。その当時は、産学連携は理工・生物系分野が行うと認識されていましたが、人文社会系分野の知が今後必要になるという信念や、周りからの理解もあり、活用の仕方やあり方を探っていました。
研究支援の仕事はやりがいがあり、成長実感もあったものの、常に任期付き雇用という障壁がありました。大学職員になり、やりたいことを犠牲にし、安定を目指す経験をしながらも、「安定」か「やりたいこと」かという天秤の中で揺れ動いていました。その後、京都産業大学(専任事務職員)→金沢大学TLO(研究支援職)→宝塚大学(専任事務職員)→京都大学(研究支援職)と迷走型のキャリアを経験し、40歳まで事務職員と研究支援職の天秤は揺れ動くことになります。
キャリア形成と意思決定に関する知見
様々な雇用形態や職種で6大学を転職しているので、何が効果的な意思決定かは分かりません。都度、流れに身を任せてきました。
ただ、充実した生活を送る「ライフワーク」と飯を食うために「ライスワーク」の両立は大事かと思います。また、雇われている立場である以上、所属団体の方向性の元で、can(できること)とmust(しなければならないこと)とwill(やりたいこと)の見極めをする必要があると思います。
その上で、個人ベースでは立場や状況が変わって、ときに馬鹿にされてもひたすら続けること。ニッチでもある分野をとことん追究すること、自分にしかできないポジショニングを確立すること。また、それらを論文や講演、人に伝えて表現すること、人とのつながりを大事にすること。さりとて、自分はたまたまの巡りあわせでこの時代に生を受け、仕事をしているちっぽけな存在であることを自覚することが大事なのではないかと思います。
転職を考える際の重要な視点や判断基準として、価値や評価は他人が決めるということを自覚することだと思います。うまくいけば転職したらよいでしょうし、理解されなければ他を探せばよいかと思います。
苺は4月、梨は10月などその時々に旬があり、販売元が目利きして購入します。自身ができることは常に考え方やスキルを更新し、転職の準備をすることだと思います。
江戸時代であれば士農工商で職種が決まっていました。しかし今は、職業選択の機会があり、また自身の頑張りで様々な道が拓ける社会です。
道を拓く自由がある一方で、キラキラした情報に振り回されることもあり、悩み多き社会です。ただ、国民の義務である「納税」と「勤労」の義務を果たしていれば、他人からとやかく言われる筋合いはなく、どんな生き方でもいいと思います。その上でやりたいことがあるのであれば、自信満々な猛獣よりも、白鳥のように涼しげな顔をしながら、水中では足をバタバタさせておくくらいのスタンスが良いと思います。
世の中がAIなどスキル重視の方向に行く一方で、私は異なるステークホルダーと関わる「連携事業」ばかりしてきました。スキル重視の情報処理よりも、生身の人間と関わる実践でセンスを磨くことの方が大事だと考えています。
自身に特段スキルがある訳ではないですが、連携を通じてゼロから創出することや、1を100に増減すること、組み合わせや改変することで連携先と共同し、1社ではなし得ない相乗効果が生まれる取り組みを多数経験してきました。異なる利害を持つ者同士が連携することは、言葉以上に難しいことで一朝一夕ではいきません。
ただ、産・官・学いずれもそのようなノウハウは求められているので、AIが進展すればするほど、逆張りで連携事業の価値は高まるものと考えています。
転職者・キャリア形成中の方へのアドバイス
転職をしても良いですし、今のままでも良いかと思います。ただ、永久に存続する団体などなく、景気が悪化し状況が変われば、雇用先は冷たいものです。
J.D.クランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論」というものがあります。キャリアの8割は偶然の出来事から形成されるというもので、好奇心・持続性 ・柔軟性 ・楽観性・冒険心が大事だと説きます。
冒険心が転職にあたると思います。冒険なので、成功する場合もあれば失敗もあると思います。
失敗すれば立ち上がってチャレンジしたらよいだけです。結局、自己責任でキャリアを開拓するしか方法はありません。
常に考え方やスキルを更新する必要があると思います。そのためには所属機関などの限定空間から一歩出て、他者と交わり、リスキリングをし、大学院で自身の視点を理論として昇華することをおすすめします。
自身で生みだした理論は血肉化され、長期的なキャリア構築の際にも手助けになってくれるものだと思います。
「青い鳥症候群」という言葉があります。理想と現実のギャップから不満を抱き、「真」の幸せを追究して転職等を繰り返す心理状態を指します。
私も6回転職したので、その症候群の一味です。ただ雇われる立場である以上、自分にあった職場だと思っても、組織の方向に振り回され、嫌な人とも付き合わなければならず、常に不満は残ります。
追い求めることは大事ですが、残念ながらユートピアはありません。世の中そういうものだとして理解し、嫌なら組織を改善するように働きかけ、それも無理なら転職し、それも駄目なら起業すれば良いのではないかと思います。
不安や迷いがあって当然かと思います。私もいまだにあります。家族を抱えて、住宅ローンを抱えてからはなおさらです。
自分で蒔いた不安や迷いの種に対して、自分で対処しなければならないという悪循環にならないためには、少しでも不確実要素を減らすために、三智(読書や旅、人と交わり)を重んじ、常に考え方やスキルを更新し、よく寝て、よく食べて、健康を維持することくらいしか対処法はないのではないかと思います。
会ったことのない人にアドバイスをするのは気が引けるのですが、今の社会は混迷を極めてますが、昔もそうでした。戦禍の人も不安や悩みがあり、転職希望者も迷いがあります。人それぞれに悩みの質は異なりますが、悩んでいる事実に変わりはありません。
ただ普遍的な原理として、どんな形でも勤労は、持続的社会の発展に寄与し、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を充実させることに間違いはありません。それが転職して実現するのであれば大いに転職すれば良いと思います。
私もそうですが、大いに悩んで、都度立ち上がって、充実した人生を送り、良き市民になれれば、それだけで十分じゃないでしょうか。
京都精華大学の基本情報
| 名称 | 京都精華大学 |
|---|---|
| 所在地 | 〒606-8588 京都市左京区岩倉木野町137 |
| 大学HP | https://www.kyoto-seika.ac.jp/index.html/ |
| 今回インタビューにご協力いただいた先生 | 南了太先生(准教授) |


